スポーツ活性化私論

いま日本中はW杯サッカーで沸き立っています。来年はいよいよ豪州でW杯ラグビーが開催され、吉田尚史(サントリー)の代表入りが期待されています。スポーツが私たちの生活に及ぼす影響は計り知れないものがあるようです。社会制度の変革にともない余暇が増加してきた一方、ライフスタイルも変化し、慢性的な運動不足やストレスを感じている人が確実に増加しているようです。世界でも有数の長寿国となった日本におけるスポーツの意義や必要性というものを検証してみたいと思います。忌憚のないご意見、ご感想を頂ければ幸甚に存じます。

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@日常生活の変化に伴うスポーツ活動

急速な交通手段の進歩により、本来人間が備えているはずの「歩く」という行動がやや減ってはいませんか。ゴルフでも乗用カートなるものが出現して、健康スポーツの意味合いがやや薄れてきているようです。私たちは知らず知らずのうちに慢性的な運動不足に陥っているのかもしれません。さらに、OA化が急速に進み生産能率が飛躍的に向上する一方、労務形態の変化が、精神的ストレスや慢性的運動不足を引き起こし、生活習慣の乱れによる心身症患者を増大させている一因になっていることも考えられます。
一方、PCをはじめとする情報機器が氾濫し、その中でもインターネットや携帯電話の普及は地球上のあらゆる情報を簡単に、かつ瞬時に入手することを可能にしました。この情報社会の発達は、都市化の進展とともに、これまでの地域社会での血の通った親密な人間交流を減らし、望まれる人間関係を希薄化させる生活環境を生みだす要因となるおそれも一方では指摘されているのですが、大きな社会問題である、礼節や公共マナーの大事さを見直すきっかけともなり、情報社会の発達と地域社会での人間交流という微妙な関係がさらに社会を複雑化させているようです。
こうした中で、スポーツへの積極的かつ継続的な参加は、健康づくりに大いに役立つだけではなく、地域社会での豊かな交流を生みだし、明朗で充実した生活を送るうえで重要な意義をもっていると考えます。このめまぐるしい社会のなかで、私たちが豊かで希望に満ちた生活を営むために、スポーツは日々の生活にはなくてならない一文化となっているのでしょう。このようなこともあり、生涯スポーツの持つ意義や重要性が指摘されているのです。
私たちがただ一度の人生を幸福にかつ有意義に生き、郷土や社会がさらに活性化するには、もっと自由時間のなかでスポーツに親しみ、健康な心身を育むとともに、いろんなスポーツ活動を通じて、地域でのほのぼのとした交流や自分の可能性を探求する楽しみを持つことも重要になってくるのではないでしょうか。  

Aスポーツへの参加とその楽しみ方

余暇の増加やライフスタイルの変化にともない、多くの人々はスポーツ・体操・ダンス・野外活動などに興味関心を向けて、日常的にさまざまなスポーツ活動に積極的に参加するようになりました。
現在の定義からすると、競争的な競技(陸上・球技・武道・体操など)のほかに舞踊や身体つくり運動などを含めて、広くスポーツと呼ばれていますので、幼児から高齢者まで幅広い年齢層の多くの人々がスポーツに親しんでいるようです。
現在、日本中がW杯サッカーで湧き立っています。このようなメディアスポーツの発達やさまざまなスポーツイベントの開催によって、人々のスポーツへの関わりは多種多様になっています。
従来のスポーツ参加の動機は、[気分転換][ストレスの発散][健康維持][仲間づくり]などが主なものでした。最近では、一口にスポーツの楽しみと言っても、[プレイする][観戦する][調べる][イベントを支える]楽しみなど、日常生活におけるスポーツの楽しみ方は豊かになろうとしています。
このようなスポーツの楽しみ方の広がりは、身体に障害のある人々の各種スポーツへの積極的参加に見られるように、それぞれの身体能力や興味関心、そして、さまざまなライフスタイルに応じてスポーツに親しむことを可能にしました。
スポーツの楽しみ方の多様化は、いろんな立場の人々にスポーツへの機会を提供するだけではなく、人間生活における多様な価値観に対応しているようです。このことは、地球に生きるすべての人間が自分らしく生きようとするライフスタイルの確立には極めて重要な意義を持っているといえます。さらに、実際にプレイはしなくとも、イベントを通じて積極的にスポーツに関わり、それを自己の歓びや生甲斐につなげようとする、スポーツイベントボランティアに代表されるようなスポーツへの参加や楽しみ方も増えているようです。
スポーツへの参加と楽しみ方の多様化は、一個人の健康維持や単なる楽しみのためだけではなく、複雑な人間関係の潤滑油となり、さらには地域の活性化などに大いに寄与する可能性を秘めているといえます。  

B「より速くより高くより強くより美しく」競技スポーツの現状と問題点

「より速くより高くより強くより美しく」をめざし、勝利と記録の追求を目的とするのが競技スポーツといえます。競技スポーツは19世紀後半に英国で始まったとの説があります。20世紀になって、IOC(国際オリンピック委員会)が主催するオリンピック競技大会や国際競技連盟(ラグビーならIRB、サッカーならFIFA)による国際組織化を通じて急速に発展してきたようです。
オリンピック競技大会やW杯ラグビー・サッカーなどに対する観衆(TV観戦も含む)の熱狂に見られるように、現代における競技スポーツは、全世界の民衆の心を捉えるインターナショナルビッグイベントとなっています。
これについては、トップアスリートの優れた運動技能によるところが大きいのですが、その活躍の場面をリアルタイムで放映するメディアの飛躍的な発達も見逃せません。
現代社会の競技スポーツは、商業メディアを媒介として、全世界の民衆に「魅せるスポーツ」として日常的に楽しまれるようになっているようです。
競技スポーツの発展とともに、記録や技能は飛躍的に向上してきました。アスリートが国際的な競技会で活躍するためには、優秀なコーチやトレーナーはもちろんのこと、スポーツDr.、栄養アドバイザー、メンタルカウンセラーなどの専門家を含むチームによる完全なサポートが必要不可欠となっています。これには、莫大な経済的・社会的支援が欠かせないことは言うまでもありません。
また、勝負の結果がもたらす社会的な影響力も大きなものとなり、企業戦略上、絶好の広告・宣伝の機会と捉え、積極的に利用するようになりました。その結果、メジャー大会における勝利・活躍は莫大な経済的効果をもたらし、これが競技での闘いをいっそうヒートアップさせる要因となっているようです。この状況のなかで、アンフェアな方法で勝利を得ようとする競技者が現れ国際的な問題となっています。この行為は、公正公明であるべきスポーツ憲章に反することはだけではなく、選手の身体を著しく損なう行為であることを認識すべきです。
競技スポーツがこの憂慮すべき危機を克服するためには、競技者はもちろん、関係するすべての人に崇高なスポーツモラルが強く求められます。
また我々も、優れたアスリートが人間としての能力の限界にあくなき挑戦をするという、人類の崇高な行為である競技スポーツの本当の価値感を見極め、見守っていくことが大事ではないでしょうか。  

Cスポーツにおける競争の原理

世界中の多くの人々は、ただ単にスポーツを観戦して楽しむだけではなく、大きな感動を味わっているようです。それは、すべてのドキュメントに人間の持つ無限の可能性を追求するひたむきなチャレンジ精神の姿を見ることに他なりません。確かに、トライを目指してただひたすら前進することや、大型FWの突進を身体を張って食い止めることや、100mを9秒台で走破することには実用的な意味合いはありません。そこにあるのは、自らの可能性にかたくなに挑戦する誠実なプレイヤーの姿があるだけなのです。人は誰もが素肌の無力な状態で誕生し、その後の学習や努力で育っていく存在であるのです。
競技スポーツは、可能性への挑戦という人間性の素晴らしさを、純粋で素朴な身体技能による競争というかたちで具現化するものといえます。
競技スポーツが人種、国境を越えて世界中の人々に感動を与え、豊かに生きる勇気を生み出すのは、誰もが持つ可能性を探求しようとする原動力を呼び覚ましてくれるからなのです。
プレイヤーがフェアプレイの精神に基づき、持てる能力のすべてを尽くして闘い、お互いの可能性のすべてを出し合おうとするプライドが、スポーツにおける競争を支えているのです。
能力の限界や未知の記録へのあくなきチャレンジは、プレイヤー(アスリート)の長期間のたゆまぬ努力を必要とします。だからこそ、100分の1秒の更新を目指して懸命にゴールを目指すアスリートの雄姿や、体操ピット上の華麗なウルトラ技に、我々は人間の持つ無限の可能性を感じ、国境を越えて惜しまない声援を送りつづけるのでしょう。
スポーツの競争では、選手は勝敗や結果を超えて自分の身体が周囲の環境と融合するような体験や神秘的な身体感覚を味わうことがあるともいわれます。
スポーツの競争は、私たち人類には重要な意義を持っています。人類の新しい無限の可能性を拓くという意味で、科学研究や芸術活動と連動する文化的な行為であるといえます。  

Dスポーツ産業と経済波及効果

余暇の増大と人々の生活レベルの向上とともに、スポーツ産業が大きな位置を占めるまでに急成長してきました。いわゆる、「競技用グッズ」「競技の場所」「競技を開催するサービス」の提供を総合的に取り仕切る産業のことです。
スポーツ産業は、ウェアやシューズそしてツールなどのスポーツ用品の製造、流通、販売をはじめ、スポーツ施設の提供と運営を行うスポーツクラブ、スポーツに関する様々な情報を提供するスポーツジャーナリズムなど、多くの業種から構成されています。
わが国のスポーツ産業の市場規模は5〜6兆円といわれています。このように、スポーツ産業が立派に市場として成立している背景には、人生の豊かさを日常の楽しみに求めるライフスタイルの確立があるのです。
国際大会の開催は、開催地域の活性化や国際化に大きな意義をもたらすだけではなく、経済的にもおおきな波及効果を及ぼしています。国際大会の誘致によって、大規模なスポーツ施設の建設だけではなく、交通アクセスや情報網の整備、観光産業の振興などの関連産業が活性化する経済波及効果が期待されるからです。
1993年にスタートしたサッカーJリーグの初年度市場規模は、用品、サービス、メディア、施設などで2500億円だったと報告されています。そこには、広告料、放送権料、入場料、試合会場までの交通費などが含まれています。
ラグビーW杯観戦だけをみても、情報誌購入費、旅行代理店手数料、交通アクセス費、宿泊費、飲食費、入場料、お土産グッズ購入費など、多くの消費行動を行っています。このように、スポーツ観戦とは直接関係がないと思われる業種にまで経済波及効果が及んでいることがわかります。
このように、現代のスポーツは莫大な経済波及効果を産出したり、新規の雇用機会を創出するなど、社会全体に大きな影響を及ぼしているのです。  

Eスポーツと国際交流

スポーツの国際交流は人種、宗教などを超えてさまざまなかたちで実施され、近年はますます盛んになっています。なかでも、全世界規模で相互理解や国際和平の促進に大きな役割を果たしているのが、オリンピック競技大会やW杯に代表される国際競技大会といえます。
近代オリンピックは1896年にクーベルタン男爵(仏)により、フェアプレイの精神に基づき、平和でよりよい国際交流をはかることを主目的に、古代オリンピックにならい再興、創設されました。
第1回アテネ大会(ギリシャ)では、欧州を中心に13か国、300名の参加で始まったオリンピックですが、2000年のシドニー大会(豪州)では、国際連合の加盟国を凌ぐ199か国及び地域から、17000名の選手が参加するスポーツの祭典となっています。
オリンピック憲章は、恒久的に人類の尊厳を保ち、平和な国際社会を構築することにあります。大会での諸外国の代表選手の卓越したプレイや見事なパフォーマンスに心から惜しみない拍手を送るとき、スポーツが国境を超えて世界をひとつにすることを実感させてくれます。多くの国際問題に直面するいまこそ、国際親善や国際平和にとって、世界をひとつに束ねることが可能なスポーツは、これからますますその存在をアピールしていくことになるでしょう。
わが国では、1964年に夏季大会(東京)を、1972年に札幌、1998年に長野で冬季大会を開催、スポーツにおける国際理解の分野で大きく貢献してきました。
我々は、国際社会で重要な役目を継承し、世界の恒久的平和を究極の目的とするオリンピック憲章を支援していくことが大切なことと認識しなければならないでしょう。

(了)